栃木県那須町の非電化工房代表・藤村工学博士より

【水・牛乳・野菜などの安全性について】   
3月20日 by 藤村靖之(非電化工房代表、日本大学教授)

3月19日に福島県の牛乳と茨城県の野菜から放射性物質が検出され、
不安材料となっています。検出されたデーターは以下の通りでした。

市町村 品目 放射能濃度(ベクレル/kg)

放射性ヨウ素放射性セシウム

茨城県高萩市 ねぎ 201・ 7
ほうれん草 15,020 ・524
茨城県日立市 ねぎ 497 ・8
ほうれん草 14,500 359
茨城県常陸太田市 ねぎ 114 ・8
ほうれん草 8,830 ・374
茨城県日立大宮市 ねぎ 601・ 5
茨城県大子町 ほうれん草 6,100 ・478
茨城県東海村 ねぎ 686・ 5
ほうれん草 9,840・ 233
茨城県ひたちなか市 ねぎ 578・ 8
ほうれん草 8,420 ・140

市町村 品目 放射能濃度(ベクレル/kg)
放射性ヨウ素放射性セシウム

福島県川俣町 1回目 原乳 1,190 ・18.4
       2回目 原乳 1,510・ 検出せず
       3回目 原乳 932・ 検出せず

表中の太字の数字は、厚生労働省が3月17日に発表した暫定基準値を上回るものです。
暫定基準値というのは、次の表の通りです。

放射性ヨウ素 放射性セシウム
飲料水・牛乳・乳製品 300ベクレル/kg 200ベクレル/kg
乳児用調整粉乳 100ベクレル/kg ?
葉物野菜 2000ベクレル/kg 500ベクレル/kg
根菜類、芋類 ― 500ベクレル/kg
穀物 ― 500ベクレル/kg
肉・卵・魚 ― 500ベクレル/kg

2つの表を較べてみると、茨城県のほうれん草は、ほうれん草に適用される暫定基準値である2,000ベクレル/kg(放射性ヨウ素の場合)と500ベクレル/kg(放射性セシウムの場合)を6箇所で超えています。福島県の原乳については、1箇所で3回測定した値がすべて、牛乳に適用される暫定値である300ベクレル/kg(放射性ヨウ素の場合)を超えています。
 この暫定基準はICRP(国際放射線防護委員会)の勧告に基づいています。ICRPの勧告は、放射性物質を含む水や野菜が、どれくらい体内に取り込まれ、臓器に蓄積されて放射線を出すか(これを体内被曝と言います)を計算した結果に基づいて定められたものです。ICRPの勧告は国際的に権威あるものとされ、各国の放射線防護基準の基本として採用されています。ECRP(ヨーロッパ放射線防護委員会)は、ICRPの基準値は体内被曝については甘いという意見を表明しています。他にもICRPの基準に疑問を呈する方もいらっしゃいますが、私はこの基準を目安にするのが今はベストと思います。 

このデーターの解説は後述しますが、今後はこのような話
茨城県沖の鰯からセシウムが200ベクレル/kgとか)が次々に報道され、
新たな不安を招きます。こういう話を冷静に、正確に理解して、
適切な行動をとっていただきたいと思います。理解の助けになるように、
すこし解説しておきます。

福島原発の事故は現在も一進一退で、予断を許されない状況にあり、
少なからぬ放射性物質を飛散し続けています。飛散した放射性物質
(ほとんどの場合、微粒子として)は主に風に乗って周囲に運ばれます。
時には上昇気流に乗って数千メートル上まで運ばれ、上空の風に乗って、
千キロ先まで運ばれることもありますが、微々たる量です。
ハワイで検出されたからと言って(未だ検出されていませんが)
脅える必要はありません。
 風で運ばれた放射性物質の微粒子は、空中に浮遊したり、地上に落下したり、
貯水地に落下して水道水に混じったり、野菜の上に落ちて付着したり、牧草に付着したり、
その牧草を食べた牛を経由して牛乳に混じったり、海に降った放射性物質が、
食物連鎖の結果として魚に蓄積されたりします。
原発事故が起きれば当然こういうことは起こります。問題は、
健康にどの程度の被害が生じるかという、正確な判断と適切な行動です。
危険なのに安全と言いくるめるのは論外ですが、不必要に人を脅えさせることも褒められたことではないと思います。
 チェルノブイリ事故のような「原発を運転中(つまり核分裂が起こっている最中)
に原子炉が破壊され、大量の放射性物質が爆発的に飛散される」という最悪の状況に至る可能性はやや低くなってきましたが、事態が収束するまでには数日を要すると予想されます。
今よりは悪化しないで収束するか、今より悪化した状態で収束するか、
いずれにしてもやがて収束します。
 収束するまでは、放射性物質が撒き散らされ続けます。
その間は距離が近く、風向きが風下方向(この場合は短期的な風向き)に多くの放射性物質の微粒子が運ばれ、空中に浮遊したり、雨に吸われて落下したり、自然に落下して土や野菜に付着したりします。何れにしても収束するまでの間は、飛散状況に応じて強い放射能が検出されます。この間は、室外にいると空気中に浮遊する放射性物質からの放射線を浴びる、いわゆる体外被曝と、空気と一緒に吸い込まれて肺や気管支に付着した放射性物質からの放射線を浴びる、いわゆる体内被曝が懸念されます。
 収束後(つまり、新たな放射性物質原発から放散されなくなった後)には、地面などに堆積された放射性物質や空気中に再び浮遊した放射性物質からの体外被曝よりも、どちらかと言うと、水や牛乳や野菜などを介して体内に取り込まれた放射性物質からの放射線を内臓が浴びる体内被曝の方が懸念されます。
 今日現在は、収束前ですから、原発至近距離の人は体外被曝、原発から少し離れた距離の人は体内被曝が懸念材料となります。前回は、体外被曝について主にコメントしましたが、今回は体内被曝について解説します。
 
 チェルノブイリ原発事故では、汚染された区域で多くの子供が甲状腺に異常を呈しました。これは汚染された地区では、放射性物質が付着した牧草を牛が食べ続けた結果、牛乳を介して子供の体内に放射性物質が大量に取り込まれたからでした。このように、放射性物質が体内に取り込まれて留まり、内臓に放射線を放射することを体内被曝と言います。
 

体内被曝の原因となるのは、体内に取り込まれる、
空気・水・牛乳・野菜・穀物・肉・魚などです。
それらの媒介物質に含まれる放射性物質の種類と量によって、
媒介物質の放射能の強さが決まります。放射能が強い物質からは強い放射線が放射されて被害をもたらします。放射能が弱い物質からは弱い放射能しか放射されず、被害はもたらされません。原発の事故が無くても、通常の食品から年間に0.3ミリシーベルト程度の体内被爆を受けているとされています。体内に放射性物質が少々取り込まれたからと言って驚くことではありません。
 
物質の放射能の強さは、ベクレルという単位で表現されます。

ベクレル/kgという形で使われるケースがもっとも多いでしょうが、ベクレル/キロメートルヘイベイなどという単位もその内、出てくるでしょうから、混乱しないでください。
原発事故が収束した後、その土地がどの程度放射能汚染されたかを表現する時には、
ベクレル/キロメートルヘイベイという単位がよく使われます。
これは1平方キロメートルの広さ当たりに蓄積された放射性物質放射能の強さを意味します。この数字が大きいと、永住はできない・・・・などの指標となります。
原発事故が収束してから、暫く経ってからの話ですが。

 ほうれん草の話に戻ります。3月19日に茨城県で検出された最高値は放射性ヨウ素については15,000ベクレル/kgでした。つまり、このほうれん草を1kg食べると15,000ベクレルの放射性ヨウ素を体内に取り込むという意味です。一方、暫定基準値の2000ベクレル/kgは、この強さのほうれん草を一生食べ続けると放射線被爆障害が出る可能性が有る・・・という基準で設定されています。
15,000ベクレル/kgは基準の7.5倍です。仮に一生を75年とすると、このほうれん草を10年食べ続けると放射線被爆障害が出る可能性が有る・・・という計算になります。ですから、こういう放射能の強さが長期間続くとすれば、食べることも出荷することも控えた方が良さそうです。ただし、放射性ヨウ素半減期が8.0日(ヨウ素131の場合)と短く、80日もすれば無害化しますから、こういう放射能の強さが続くとは考えにくい。つまり、神経質になるほどの値ではなさそうです。むしろセシウムの方が半減期が30年(セシウム137の場合)と長いので、気になります。検出されたセシウムの最高値は約500ベクレル/kgで、暫定基準値200ベクレル/kgの2.5倍です。仮に一生を75年とすると、この放射能レベルのほうれん草を30年食べ続けると放射線被爆障害が出る可能性が有る・・・という計算になります。ですから、こういう放射能の強さが長く続くとすれば、食べることも出荷することも控えた方が良さそうです。しかし、神経質になるほどの値ではありません。
 福島で検出された牛乳の値は放射性ヨウ素の場合は約15,000ベクレル/kgで、暫定基準値300ベクレル/kgの50倍でした。仮に一生を75年とすると、この放射能レベルの牛乳を1.5年飲み続けると放射線被爆障害が出る可能性が有る・・・という計算になります。ですから、こういう放射能の強さが長く続くとすれば、食べることも出荷することも控えた方が良さそうです。しかし、ほうれん草の場合と同じように、ヨウ素は速やかに放射性を失いますので、こういう放射能レベルが長く続くとは考えられません。やはり、気になるのはセシウムの方です。福島県で検出された牛乳のセシウム放射能レベルは18.4ベクレル/kgで、暫定基準値200ベクレル/kgの10分の1以下ですから、問題は無さそうです。

 いずれにしても、今現在は、放射性物質原発から強く放出され続けている状態です。原発から近い所で、あるいはやや離れた風下で、この程度の放射能レベルが検出されるのは想定の範囲内です。脅えるような数字ではありません。茨城県の人や栃木県の人が慌てて退去するような数字ではないと思います。言わずもがなのことですが、退去する人には夫々の事情が有って、心は残して体だけを一時的に移したのでしょうから、退去を非難することは論外でしょう。

 原発事故はやがて収束し(つまり原発からの放射性物質の飛散が止まり)、放射能汚染がほぼ安定し、そして徐々に拡大します。ほぼ安定した時点(1カ月後くらい)での放射能汚染レベルの分布が正確に測定されて発表されますから、その数字に基づいて方針を定めればいいと思います。
 原発事故が進行中で予断を許されない今の時点で言うことではないかもしれませんが、事故の収束後も、遠くの県の水道水や鶏卵や海のプランクトンから放射能が検出されたり、永住できなくなる地域が指定されたり・・・・といった様々な事態が次から次に現れてきます。原発事故というのはそういうことなのだと思います。だからこそ、多くの人が強く原発に反対してきました。僕も40年反対してきました。しかし、事故が起きてしまったからには、気持ちを切り替えて、国民全員で長い年月を掛けてこの事態に立ち向かって行く・・・という覚悟が必要なのだと思います。